人口のボリュームゾーンである団塊の世代が後期高齢者になる2025年が差し迫っています。国家予算の3分の1は社会保障に使われ、介護費用は現状の10兆円から21兆円に膨らむとの予測もあるほどです。超高齢社会に突入しており、疾病・介護予防、健康寿命延伸のために今、必要なこととは? 栄養学の立場から、この社会課題を解決するための食生活のポイント、その中でもとりわけたんぱく質を意識的に摂ることの重要性について、公益社団法人日本栄養士会会長の中村丁次さんに伺いました。

日本人が抱える2つの“栄養不良”問題とは?

私たち日本人は今、2つの大きな栄養課題を抱えています。一つは栄養が足りない「低栄養」、もう一つは栄養が過剰な「過栄養」。これら2つの相反する栄養不良問題が、社会に同時に存在しているのです。このことは「栄養不良の二重負荷」と呼ばれ、現代の日本が早急に解決しなければならない重要な栄養課題となっています。
身近な例を挙げてみましょう。例えば家族の中でお父さんは肥満、お母さんはやせ気味、娘さんはダイエットに熱心でお母さん以上にやせて貧血もある。一つの家庭に過栄養と低栄養の問題が共存しているわけです。また、一人の人の一生においても同じことが言えます。中高年までは肥満を心配していたのに、高齢になると低栄養に傾き、病気ではないけれど心身の活力や筋力が低下する「フレイル」が問題になってきます。ここでも過栄養と低栄養の問題が存在しているわけです。

戦後の低栄養、高度経済成長期の過栄養、そして両者が混在する現在

過去を振り返ると、日本は大きく3つの栄養課題に直面してきました。最初の栄養課題は、戦後間もない時期の低栄養。戦争による食糧難で、国民のほとんどが栄養欠乏の危機にさらされたのです。実は、そのような戦後の栄養失調の状況を見据えて作られたのが、国家資格としての栄養士でした。1945年3月、B29の爆撃が続く戦争の真っただ中で、栄養士という専門職が生まれたのです。この栄養士が戦後の窮乏期に全国各地の学校や病院、工場、企業など、いろいろな場所で栄養指導に取り組みました。その結果、国民の栄養失調は15~20年ほどで解決されました。誰も取り残さず、国民全員の栄養状態を底上げして、低栄養問題を解決したのです。
そして、このことが日本の素晴らしい労働力を生み、その後の高度経済成長へとつながりました。メイドインジャパンの優れた製品を支えたのは、日本の栄養政策だったと言っても過言ではないのです。先日、カンボジアの工場を見学する機会がありましたが、そこには2時間、作業ラインに立っていられない労働者の姿がありました。栄養状態がよくないため、鉄欠乏性貧血で倒れてしまうのです。国を豊かにするには、まずは働く人の栄養状態を改善する必要があるわけです。

さて日本が高度経済成長期に入ると、次に第2の栄養課題が現れてきました。食事の欧米化による過栄養です。このために肥満になったり非感染症疾患(生活習慣病)になる人が増え、大きな社会問題になりました。ただし日本の肥満者の割合は10~15%程度に過ぎず、欧米に比べると格段に少ないのも事実です。日本では学校給食制度などを通して、栄養の教育が社会の隅々にまで行き届いていたため、戦後の低栄養問題同様、過栄養の問題も欧米ほどの深刻さには至りませんでした。その結果、日本は世界一の長寿国家を維持しているのです。

これら2つの課題を経て、第3の栄養課題として登場したのが、冒頭で紹介した低栄養と過栄養が共存する「栄養不良の二重負荷」です。具体的にいうと、中高年男性の肥満と過栄養、高齢者や病人の低栄養とフレイル、そして若い女性のダイエットによるやせです。特に若い女性のやせは次世代にも影響しますから深刻です。低栄養の妊婦から生まれる赤ちゃんは母体から十分な栄養をもらえず、低体重になりやすいものです。また低栄養の母胎内で“飢餓”に適応した体になるため、生まれた後に普通の食事を摂っても太りやすい体質になり、メタボや非感染症疾患(生活習慣病)のリスクが増大します。若い女性のやせは、次世代の一生の健康をも左右するのです。
こういった栄養不良の問題を放置していると、病気やフレイルのリスクが増して、国民の健康寿命が脅かされ、介護需要や社会保障費の増大にもつながります。栄養不良の二重負荷は、私たちがすぐに取り組まなければならない待ったなしの課題なのです。
次回の記事では、そんな栄養不良の二重負荷を解決する手段として、食生活で意識付けるポイントや、その中でも特に重要視されているたんぱく質の価値について迫っていきます。

図19:肥満者(BMI≧25kg/m2)の割合(20歳以上、性・年齢階級別)
出典:令和元年 国民健康・栄養調査結果の概要(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000687163.pdf
図22:低栄養傾向の者(BMI≦20kg/m2)の割合(65歳以上、性・年齢階級別)
出典:令和元年 国民健康・栄養調査結果の概要(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000687163.pdf
次回

連載第二話
「たんぱく質」の積極的摂取で
2つの栄養課題を同時に解決!

PROFILE

公益社団法人日本栄養士会会長

中村丁次なかむら・ていじ

1972年、徳島大学医学部栄養学科卒業。新宿医院、聖マリアンナ医科大学病院栄養部勤務を経て、1985年、東京大学医学部で医学博士取得。聖マリアンナ医科大学病院栄養部部長、神奈川県立保健福祉大学教授・栄養学科長を経て、2011年より2023年3月末まで学長を務める。公益社団法人日本栄養士会会長。専門は臨床栄養学、栄養政策、栄養教育。『中村丁次が紐解くジャパン・ニュートリション』(第一出版)など著書多数。

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