人口のボリュームゾーンである団塊の世代が後期高齢者になる2025年が差し迫っています。国家予算の3分の1は社会保障に使われ、介護費用は現状の10兆円から21兆円に膨らむとの予測もあるほどです。超高齢社会に突入しており、疾病・介護予防、健康寿命延伸のために今、必要なこととは? 栄養学の立場から、この社会課題を解決するための食生活のポイント、その中でもとりわけたんぱく質を意識的に摂ることの重要性について、公益社団法人日本栄養士会会長の中村丁次さんに伺いました。

前回

連載第一話
日本人が抱える2つの栄養課題
「栄養不良の二重負荷」 同時に
解決するには“もっとたんぱく質”を!

たんぱく質は体を作り、生命機能を司る

過栄養による肥満やメタボ、低栄養によるやせやフレイルを予防・改善するにはどうしたらいいでしょうか。対処法には大きく2つのポイントがあります。まずは基礎的なことですが、摂取エネルギーと消費エネルギーのバランスです。食事から摂るエネルギーと身体活動によって消費されているエネルギーのバランスが取れていれば、肥満にもやせにもなりません。これは健康であるための基本のキです。
もう一つは、たんぱく質をしっかり摂ることです。日本人のたんぱく質摂取量は2000年頃から減少し、戦後間もない1950年頃と同程度になっています。この背景にあると考えられるのが、メタボ対策や過度なダイエット志向です。肥満の場合は消費エネルギーよりも摂取エネルギーが過剰になっているわけですが、脂肪や糖質が多く、栄養に偏りがあり、たんぱく質は不足気味の食事となります。一方、やせの場合は摂取エネルギーそのものが少ないので、たんぱく質の摂取量もまるで足りていません。つまり、太っている、やせているに限らず、たんぱく質をもっと摂ることが必要なのです。

たんぱく質は臓器や細胞、皮膚、髪の毛、骨などの材料になる、人間の体になくてはならない栄養素です。食事から摂ったたんぱく質は体内で吸収された後、アミノ酸に分解され、その人が持っている遺伝子の設計図に基づいて、臓器や皮膚などに作り変えられます。また体の材料になるだけでなく、体の機能を調整したり、免疫システムなどを維持したりする“機能性たんぱく質”という存在も何百種類と見つかっています。感染症から体を守る抗体、ホルモン、神経伝達物質などもたんぱく質でできています。物を見る、音を感じる、感動するといったことにおいても、それを司る特定のたんぱく質が存在することがわかっているのです。

高齢になってやせないことが鉄則

栄養不良の二重負荷に対処する上で重要な課題が、「メタボからフレイルへのギアチェンジ」です。中高年までは過栄養による肥満やメタボに悩んでいたのに、高齢になると今度は一転して低栄養によるやせやフレイルのリスクにさらされるようになる。このメタボからフレイルへの移行をいかに防ぐか。上手にギアチェンジしていくことがとても重要ということです。
メタボからフレイルに移行する時期は、だいたい60歳以降から後期高齢者(75歳)になる頃までと考えられます。それまで肥満だった人が自然とやせてきて、フレイルへの道を歩み始めるのです。メタボに悩まされた方たちは、「太ることはよくない」と強烈に思い込まされていますから、やせることへの警戒心があまりありません。年を取るとともに体重が減って、それまで高かった血圧や血糖や中性脂肪の数値も下がってくると、むしろ安心します。しかし、そのまま放置しておくとフレイルが待っています。フレイルになると老化が早まって、要介護度が増し、死亡率も高くなることがわかっています。とにかく、高齢になってから「やせ」ないこと。これは健康に長生きするうえで非常に大切なポイントです。
メタボの方は摂取エネルギーを減らし、適度な運動をして体重を落とす必要がありますが、60~70代になったら体重が減り過ぎないよう気をつけてください。その際の目安になるのがBMI(体格指数)です。一般にBMIは18.5~25未満が標準域とされますが、高齢者の場合はそれよりも多めの数値が設定されています。「日本人の食事摂取基準」では、70歳以上の方の標準域は21.5~25未満とされています。70歳を過ぎた頃からやせ始めてきた方は、医師や管理栄養士に相談することもおすすめします。

BMI(体格指数)の計算法
[体重(kg)]÷[身長(m)の2乗]
日本肥満学会の基準では、BMI(Body Mass Index)が18.5未満だと「低体重(やせ)」、18.5以上25未満だと「普通体重」、25以上の場合は「肥満」とみなされる。なお、「日本人の食事摂取基準」では、70歳以上の場合は21.5~24.5を標準域と定めている。
次回

連載第三話
メタボも、やせも、フレイルも
対処法は「もっとたんぱく質を!」

PROFILE

公益社団法人日本栄養士会会長

中村丁次なかむら・ていじ

1972年、徳島大学医学部栄養学科卒業。新宿医院、聖マリアンナ医科大学病院栄養部勤務を経て、1985年、東京大学医学部で医学博士取得。聖マリアンナ医科大学病院栄養部部長、神奈川県立保健福祉大学教授・栄養学科長を経て、2011年より2023年3月末まで学長を務める。公益社団法人日本栄養士会会長。専門は臨床栄養学、栄養政策、栄養教育。『中村丁次が紐解くジャパン・ニュートリション』(第一出版)など著書多数。

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