既に超高齢社会に突入している日本は、更に2025年には4人に1人が後期高齢者になります。人生100年時代において健康寿命を延ばすために欠かせないのが、「フレイル」対策。しかし長引くコロナ禍での行動制限などから、フレイル人口が増加し、「コロナフレイル」といった言葉も生まれています。また最近の研究では、高齢者だけでなく働き盛りの世代にも一定数のフレイル人口が存在することも明らかになりました。将来の病気や要介護リスクに直結するフレイルにどう対処するか、その効果的な対策法について早稲田大学スポーツ科学学術院スポーツ科学部教授の宮地元彦さんに伺いました。

前回

連載第一話
高齢者だけじゃない、
働き世代にも忍び寄る
「フレイル」 40~50代からの
“プレフレイル”対策とは

たんぱく質の摂取量が多いほど筋肉量が増える

フレイルやプレフレイルを改善したり予防したりする上でぜひ取り組んでいただきたいのが、毎日の食事でたんぱく質をしっかり摂って、筋肉量を維持・増加させることです。たんぱく質の摂取量が多い人は少ない人に比べ、フレイルになりにくいという研究結果もあります。

私は医薬基盤・健康・栄養研究所在職時から現在まで、株式会社・明治との共同研究でたんぱく質の摂取量と筋肉増加との相関関係を調べる研究を行っています。信頼性の高い105の文献をメタアナリシス※1の手法で再解析したのですが、その結果わかったのは、誰でも現在の食生活にたんぱく質を少量プラスするだけで筋肉量の増加につながるということ。体重1kg当たり0.1gのたんぱく質を加えるだけで筋肉量の増加につながり、しかも1日の総たんぱく質摂取量が少ない人ほど筋肉量の増え幅が大きいことが明らかになりました。例えば体重が60kgの方なら、たんぱく質を1日に6gプラスすればいいということですね。これは卵1個で十分に補える量です。

日頃たんぱく質を摂る習慣がない人はより一層の効果が、ある程度意識して摂っている人であっても、たんぱく質の摂取量を増やすことで筋肉量増加の効果が望めるということです。フレイルやプレフレイルの方はもともとたんぱく質の摂取量が少ない場合が多いので、たんぱく質をプラスする効果は特に大きいと期待できます。

メタアナリシスとは、複数の研究結果を統合して分析することで、個々の研究よりも信頼性の高い分析結果を得る手法です。最も質の高い研究エビデンスであるとされています。

たんぱく質の摂取量が多いほど筋肉量も増加
105の文献、5,402人を対象にしたメタアナリシスで、たんぱく質摂取量と筋肉量増加との用量反応関係を調べた。1日の総たんぱく摂取量(体重kg当たり)が増えるほど筋肉量が増加。総たんぱく質摂取量が少ない人ほど増え方は大きく、毎日0.1g(体重kg当たり)のたんぱく質をプラスするだけで、2~3カ月間で平均390gの筋肉が増えることが判明した。研究結果は2020年11月4日、栄養学分野の世界的トップジャーナルの一つである「Nutrition Reviews」に掲載。
出典:Dose–response relationship between protein intake and muscle mass increase: a systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials(たんぱく質摂取量と筋肉量増加との用量反応関係:無作為化対照試験のシステマティックレビューおよびメタアナリシス)

たんぱく質の摂取量増加で筋トレ効果もアップ

この研究では、たんぱく質の摂取量が多いほど「筋肉量」が増えることが明らかになりましたが、私たちはさらにたんぱく質の摂取量と「筋力」との関係についてもメタアナリシスの手法を用いて調べました※2。それによってわかったのは、たんぱく質の摂取量が増えると筋力トレーニングによる筋力増強効果が増すということ。アスリートなど普段から積極的に運動をしている人だけでなく、日頃からあまり体を動かしていない人でも、たんぱく質の摂取量を増やして適度な筋力トレーニングを実施すれば、効率的に筋力をアップさせることができるのです。
筋力トレーニングの内容は、スクワットや腕立て伏せ、上体起こしといった自分の体重を使ったトレーニングで十分です。筋肉痛にならない程度で、自覚的に「つらいな」と感じるところまで行うのがコツ。たんぱく質を摂取しながら、1回5~10分、週に3回程度続けるのがおすすめです。

82文献、3940人を対象にしたメタアナリシスで、総たんぱく質摂取量と筋力増強効果との用量反応関係を調べた。2022年9月4日、スポーツ医学分野で著名な国際学術誌である「Sports Medicine – Open」に掲載。(Sports Med Open. 2022 Sep 4;8(1):110.doi: 10.1186/s40798-022-00508-w)

筋肉量と筋力の違いとは?

筋肉量と筋力の違いについても簡単にご説明しておきましょう。筋肉量は文字通り、筋肉の量。一方、筋力は筋肉が発揮する力を示しています。筋力は基本的に筋肉量と比例しますから、筋肉量が大きいほど筋力も大きくなります。筋肉を車のエンジンに例えると、筋肉量が“排気量”なら、筋力は“出力”といえますね。ただ同じ重さの筋肉量でも、筋力の強い人と弱い人がいるのも事実です。たんぱく質を多く摂ることで筋肉量は増えますが、筋力を上げたいのであれば、たんぱく質の摂取量を増やした上で、トレーニングを行うことが必要というわけです。
筋力が上がると、転びにくい、速く歩ける、疲れにくいなどの変化が出てきます。また将来、心筋梗塞やがんなどの病気のリスクが低くなり、より長生きできるという報告もあります。もちろん、筋肉量が増えることでも、基礎代謝が上がる、メタボリック症候群や生活習慣病のリスクが軽減するなどの健康効果が期待できます。筋力と筋肉量の両方がアップすれば、フレイル予防にも病気予防にもつながり、よいことがたくさんあるわけです。

次回

連載第三話
たんぱく質は「食べる量」と
「タイミング」がポイント

PROFILE

早稲田大学スポーツ科学学術院 スポーツ科学部教授

宮地元彦みやち・もとひこ

1965年、愛知県生まれ。88年、鹿屋体育大学体育学部スポーツ体育課程卒業。90年、同大学大学院体育学研究科修士課程修了。99年、筑波大学博士(体育科学)。川崎医療福祉大学助教授、米国コロラド大学客員研究員、国立健康・栄養研究所身体活動研究部部長などを経て、2021年から現職。日本学術会議会員。厚生労働省の『健康づくりのための身体活動基準2013』『健康日本21(第2次)』の策定などにも関わる。

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